私はギターが好きだ。自身のテクニックはさておき、弦を指という肉体でコントロールしているという感覚が堪らない。勿論、他の楽器にも魅力はある。しかし、私はギターの持つ魅力に取り憑かれている。
ギターは古い、所謂ビンテージモデルが良い、また、価値があるとされている所がある。総ての人に当て嵌まる訳ではないが。ある人にとってはボロボロのギターより新品の方が良い事があるだろう。
私は昔、本物の63年製のギブソン335を持っていた時期がある。ビンテージギターの相場が上がっている現在の売値だが、コンディションにもよるが100万円は下らないだろう。当時まだ22歳、大枚叩いて手に入れたこのギター、一生の宝物だった。腕は…人に聴かせるレベルには程遠かったのだが、ギターがそれをカバーしてくれる、そう信じていた部分もあった。何よりコピーモデルではない、本物に触れている、その魅力にときめいていた。
商売に失敗した経験がある。通算では二回だ(笑)。今でこそ思い出として冷静に受け止める事が出来るが、当時はそれこそ必死だった。人に迷惑も掛け捲った。初めの失敗の時、どうしても現金を作らねばならず、宝物のギターを売って凌いだ。あの時は三日寝込む位落ち込んだ。本当に泣きたくなる気持ちだった。
時が経って、今幸いにも二本のギターを所有出来ている。両方とも新品のギターだ。とてもじゃないがビンテージギターには手が出ない。レスポールの本物なんぞマンションが買えて更にお釣りが来る位、相場が上がってしまっている。確かに古いギターの魅力も捨てがたい。一度所有していたのだから私自身、それなりに分かっているつもりだ。初めはオールドに手が出ないから今持っている新品のギターを買ったつもりだったのだが、今となっては何故か充分に満足している。
年齢や経験によるものかもしれないが、人の手で熟成されたものには私自身、興味が無くなってしまったのだろうと考えている。今後売っても買値以上付かないギターだが、投資目的や一般的な価値、そんな考えで買わなかったのは確かだ。新しいものを自分の手で熟成させていく喜び、これを味わいたいと今では強く思う。
今はラーメン屋をやらせていただいている。昔、コックをやっていて今はラーメン屋。人によっては“何故?”と聞いてくる。私の思い込みかもしれないが、“腕があるのに何でラーメンなの?”って表情をしながら聞いているように感じる。私に言わせればなんで“何故?”って聞くのかわからない。商品を提供して満足を得るという点ではどんな業態でも関係無い筈だからだ。一杯で評価が決まってしまうラーメンの方が寧ろ難しく感じている。
ラーメンは自由度が高い。そこが気に入っている。商売をする以上、人の後を追いかけていたのでは何も超えられない。オリジナルの商品、販売法を最低限確立しないと直ぐに呑み込まれてしまうだろう。私が限定ラーメンや商品名で遊ぶのはその一つの手法だ。
うちの商品はほぼオリジナルだ。私が自分の好みで作って来たのだから当然である。ほぼ、と書いたのは餃子やチャーハン、唐揚げという固定されたジャンルの延長の商品があるからだ。無論、ラーメンもである。全くのオリジナルの商品ばかり並べても経営としてレールに乗せるには簡単ではない。保守派にはなかなか受け入れてもらえないだろう。店を運営している以上、そこには予算がある。限られた予算の中で安定した、個性のある、新しい商品を提供し続けるのが私のメインの仕事だ。
私は人に使われるのが大嫌いだ。使われない為には長靴を履いて長時間働くことも厭わない。他にもっと楽が出来る仕事もあるのだろうが、今はこれをやっている。今の店を運営する時、一つのミッションを自分に掲げた。大層な言い方だが、志はあっても損はしないだろうということだ。そこに至るまではまだ時間が掛かりそうだが、手応えは掴んでいるつもりだ。時代はめまぐるしく変化している。現場というのは生き物みたいなもので、刻々と変化している。システム化したつもりでも、それで図れない厄介な事由も沢山存在する。
ミッションが完了したらこんなロートルな私はさっさと引退して若い人に現場を譲りたい。その時が来たら今持っているギターも熟成度が上がって魅力が増しているかもしれないな。
追記 ここまで読んでくださって感謝しています。ブログでは極力店の話題から離れるつもりで書いています。また、宗教・政治・スポーツ・哲学など個人の思想に触れるものも書くつもりはありません。今回の長文は私の根っこの一部分を軽い気分で書いたつもりなので、さらっと流してくだされば有難いと思ってます。
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ギターは古い、所謂ビンテージモデルが良い、また、価値があるとされている所がある。総ての人に当て嵌まる訳ではないが。ある人にとってはボロボロのギターより新品の方が良い事があるだろう。
私は昔、本物の63年製のギブソン335を持っていた時期がある。ビンテージギターの相場が上がっている現在の売値だが、コンディションにもよるが100万円は下らないだろう。当時まだ22歳、大枚叩いて手に入れたこのギター、一生の宝物だった。腕は…人に聴かせるレベルには程遠かったのだが、ギターがそれをカバーしてくれる、そう信じていた部分もあった。何よりコピーモデルではない、本物に触れている、その魅力にときめいていた。
商売に失敗した経験がある。通算では二回だ(笑)。今でこそ思い出として冷静に受け止める事が出来るが、当時はそれこそ必死だった。人に迷惑も掛け捲った。初めの失敗の時、どうしても現金を作らねばならず、宝物のギターを売って凌いだ。あの時は三日寝込む位落ち込んだ。本当に泣きたくなる気持ちだった。
時が経って、今幸いにも二本のギターを所有出来ている。両方とも新品のギターだ。とてもじゃないがビンテージギターには手が出ない。レスポールの本物なんぞマンションが買えて更にお釣りが来る位、相場が上がってしまっている。確かに古いギターの魅力も捨てがたい。一度所有していたのだから私自身、それなりに分かっているつもりだ。初めはオールドに手が出ないから今持っている新品のギターを買ったつもりだったのだが、今となっては何故か充分に満足している。
年齢や経験によるものかもしれないが、人の手で熟成されたものには私自身、興味が無くなってしまったのだろうと考えている。今後売っても買値以上付かないギターだが、投資目的や一般的な価値、そんな考えで買わなかったのは確かだ。新しいものを自分の手で熟成させていく喜び、これを味わいたいと今では強く思う。
今はラーメン屋をやらせていただいている。昔、コックをやっていて今はラーメン屋。人によっては“何故?”と聞いてくる。私の思い込みかもしれないが、“腕があるのに何でラーメンなの?”って表情をしながら聞いているように感じる。私に言わせればなんで“何故?”って聞くのかわからない。商品を提供して満足を得るという点ではどんな業態でも関係無い筈だからだ。一杯で評価が決まってしまうラーメンの方が寧ろ難しく感じている。
ラーメンは自由度が高い。そこが気に入っている。商売をする以上、人の後を追いかけていたのでは何も超えられない。オリジナルの商品、販売法を最低限確立しないと直ぐに呑み込まれてしまうだろう。私が限定ラーメンや商品名で遊ぶのはその一つの手法だ。
うちの商品はほぼオリジナルだ。私が自分の好みで作って来たのだから当然である。ほぼ、と書いたのは餃子やチャーハン、唐揚げという固定されたジャンルの延長の商品があるからだ。無論、ラーメンもである。全くのオリジナルの商品ばかり並べても経営としてレールに乗せるには簡単ではない。保守派にはなかなか受け入れてもらえないだろう。店を運営している以上、そこには予算がある。限られた予算の中で安定した、個性のある、新しい商品を提供し続けるのが私のメインの仕事だ。
私は人に使われるのが大嫌いだ。使われない為には長靴を履いて長時間働くことも厭わない。他にもっと楽が出来る仕事もあるのだろうが、今はこれをやっている。今の店を運営する時、一つのミッションを自分に掲げた。大層な言い方だが、志はあっても損はしないだろうということだ。そこに至るまではまだ時間が掛かりそうだが、手応えは掴んでいるつもりだ。時代はめまぐるしく変化している。現場というのは生き物みたいなもので、刻々と変化している。システム化したつもりでも、それで図れない厄介な事由も沢山存在する。
ミッションが完了したらこんなロートルな私はさっさと引退して若い人に現場を譲りたい。その時が来たら今持っているギターも熟成度が上がって魅力が増しているかもしれないな。
追記 ここまで読んでくださって感謝しています。ブログでは極力店の話題から離れるつもりで書いています。また、宗教・政治・スポーツ・哲学など個人の思想に触れるものも書くつもりはありません。今回の長文は私の根っこの一部分を軽い気分で書いたつもりなので、さらっと流してくだされば有難いと思ってます。
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